もう引退表明!万葉線アイトラムMLRV1000形

2002年2月に加越能鉄道から引き継いだ三セク「万葉線」。旧型車一部置き換えと全車冷房化を目的に新規投入されたのがこちらのアイトラムことMLRV1000形。2004年から1年に1編成の導入にて6本が入りました。↓

(写真:庄川口~六渡寺、2004.4)

三セクへの経営移管時点でも冷房車がゼロだった万葉線。2000年超えてのこの姿はかなりの時代遅れ感でした。↓

(写真:六渡寺、1999.8)

夏は激熱!うげー、冷たいコーラは広告やん、飲めねぇ~!!↓

(写真:中新湊~東新湊、1999.8)

まあ、1990年代初めから存廃問題が出ていたので加越能鉄道としても投資抑制にて冷房化をしてなかったんですよね。。。。↓

(写真:米島口、1999.8)

アイトラムの話が出てきて旧型車両をすべて置き換えるんかなあと思ってたら対象は6編成のみに。置き換え対象は1961年製造のデ7000形3両(7051~7053)と・・・↓

(写真:中伏木、1999.8)

...1965年製造のデ7060形2両(7061~7062)・・・↓

(写真:片原町~高岡駅前、1999.8)

...1967年製と決して新しくないデ7070形は6両中1両のみの廃車となり・・・↓

(写真:六渡寺~庄川口、1999.8)

残った5両は冷房化されて現在に至ってます。↓

(写真:末広町~高岡駅、2015.4)

ほぼ同類の地鉄富山市内線7000形がまだ現役なんで、まあ、いいかってことなんだけど、地鉄も廃車が進んでるから万葉線でもそんなに延命はできないんじゃないかなあ。↓

(写真:富山駅前、2015.4)

製造から60年が経ち、いくら手入れしてるからって老体鞭的にへばりきってるよなあ。そんな7070形はなんと当面置き換えされずに新顔のアイトラムが先に逝くというから話題になるわけです。ほんと、これにはビックリ。↓

(写真:米島口、2026.4)

登場時はヨーロッパ仕様の超低床車が富山にやってきた!って、かなりインパクトがあったアイトラム。まあボロボロ非冷房のデ7000/7060/7070ばっかりだったんで驚愕の変身となったわけでして・・・↓

(写真:本丸会館前~広小路、2011.7)

当時国内に低床技術がなかったのでドイツのアドトランツからの技術移転にて新潟トランシスが作った車両なんですが、これが短命の遠因となるんです・・・↓

(写真:六渡寺~庄川口、2008.8)

欧州では路面電車がまだまだ現役多数とあって、車両メーカーはたくさんのモデルを出しているんですが、故障多発や脱線多数にて結果賠償責任みたいになってもめてるところが意外と多数。また、日本の車両管理基準と向こうの基準の「常識」が違ってるってこともあってうまくいってないところもあるらしい(壊れない品質を追求VS機械は壊れるもの...みたいな)。下の写真、有名な広電のグリーンムーバー。電装周りはブラックボックスにて故障や交換になると欧州から部品を手配しないといけないと。さらに経年劣化で故障が増えると車両更新や延命工事は欧州へ車両丸々送り返して更新させることとなる、、、なら、新車を買うほうが安くなるじゃん、てことで、涙ながらに手放し「二度と欧州品は買わねー!」となってるんです。↓

(写真:広島駅前~猿猴橋町、2008.8)

熊本市電でもそんな話ありましたね~、で、今回のアイトラム総替えも新潟トランシス製とはいえ、重要部品は欧州手配となることから、新車作ったほうが安いし今後のメンテフォローも考えて完全日本製がいい!ってなったようで。まあ、長年、国内の路面電車向け需要がなくて車両開発をそもそもしてなかったってことで昔は自前で作れなかった。なので、超低床車ほしい!となると海外メーカーからの技術導入しかなかったんで、まあ、もったいない責任で誰かを責める話でもなかったりする。↓

(写真:西辛島町~洗馬橋、2001.5)

そういうイメージ悪いに加え、アイトラムって登場早々脱線事故を繰り返して万葉線事業者にとってはそもそも欧州規格のイメージがよくない・・・↓

(写真:旭ヶ丘~江尻、2011.7)

直近も積雪理由とは言え脱線するし、メンテ部品調達難に更新コストかかりすぎる云々・・・となればもういいや!ってなっちゃうでしょう。それにオンボロでも直感でいじれる旧型車のほうがメンテチームとしてはいいんだろうな。↓

(写真:高岡駅~末広町、2015.7)

将来、全編成をアイトラムにしなくてよかったね...って話になるとは思わんかっただろうな。そんなことで、まだまだデ7070形はがんばってもらわんといかん。↓

(写真:越ノ潟~海王丸、2026.4)

とはいえ、いろいろあったアイトラムも導入後は町の景色を一変させ、経済効果としてはかなり上出来だったはず。昨今は少子化での旅客減で苦戦してますがまずまずの成果を上げた形になってますね。↓

(写真:新吉久、1999.8)

煤汚い感じだった高岡港周辺も明るい印象となったし・・・↓

(写真:新吉久、2026.4)

高岡駅ビル内まで線路が伸びたってのも利便性が大きく図れたし。。。↓

(写真:高岡駅、2014.8)

ドラえもんトラムもいつしか高岡の顔になっちゃいましたしね。↓

(写真:片原町、2015.4)

一昔前との風景差がすごい・・・↓

(写真:片原町~高岡駅前、2015.4)

そうそう、高岡七夕まつりのときは一定期間中、高岡駅~片原町が運休となって片原町行きが爆誕します。夏場だけのお楽しみ。↓

(写真:庄川口~六渡寺、2008.8)

それと写真のバック、越ノ潟の渡船も廃止が検討されてますね、富山新港建設で分断された地鉄射水線との接続目的だったんですが、新湊大橋ができ利用者減も加速したことから維持が難しくなってるようです。↓

(写真:越ノ潟、2026.4)

さ、置き換えが決まったアイトラム、すぐにはできないので来年度から概ね1編成/年で新車に置き換えられていきます。次の基本カラーリングは加越能色になるようで、そうなるとドラえもんがどうなるのか・・・まあ、5年経てば見えてくるかな。↓

(写真:能町口~米島口、2026.4)

ちなみにアイトラム、2月に脱線した編成以外5編成、全部ラッピングになってます。で、今はオリジナルの赤運用がない状態、さよなら時は戻してくれるかな。。。↓

(写真:庄川口~六渡寺、2026.4)

旧型車両群も引退するときはかつての加越能色に戻してほしいなあ・・・(いまは全面塗装車ばかりになったから車体のカラーリングは意味ないけどね)...以上、万葉線のお話でした。↓

(写真:六渡寺~庄川口、1999.8)

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