え!もうあかん!?激ヤバ紀州鉄道②
危機的状況となっている紀州鉄道、その懐かし写真のご紹介。社名の看板代ということで過度な投資は行われず、車両も中古車でずっとがんばってきた経緯がよくわかります。こちら、長らくの顔となったキハ600形、キテツといえばこいつって顏ですね。大分交通耶馬渓線からやってきた中古車なんですが晩年はすっかり板について「キテツの顏」となってました。↓
ちょっとだけの合理化ってことで、1989年に西御坊~日高川の末端1区間が廃止されます。またこれを機にワンマン運転が始まりました。↓
記憶があいまいなんですが、日高川駅ってもともと貨物駅でついで程度の旅客運用があったと。貨物廃止後も慣行でダイヤはそのまま温存となってて1日3往復?だけ発着だったと思います。大半の列車は西御坊駅止まりだったんですが、廃止の理由が見つからなかったのかな?ワンマン運転開始と同時の区間廃止となったようです。ただ日高川駅跡は今も空き地のまま、ずいぶん時間が経ったんですが草むらとなったまま使われてません。まあ、現役時代も廃線跡みたいだったから変わらんけど。↓
で、キハ600形、大分交通からは2両を譲受。こちらキハ603は最後まで活躍した車両で2009年まで稼働。製造が1960年ということで内燃機関で50年とかなりがんばって使い切りました。大分交通の廃止は1975年、翌年から紀州鉄道での運行ということで、30年超も活躍したんですね・・・↓
なので地元では愛着があったのか、紀伊御坊駅近くに「ほんまち広場603」というのが作られ、603を静態保存。車両自体は店舗or事務所という形で使われることに。ただ入居者は開業後すでに2度もかわり今は確か募集中じゃなかったっけ?周りの商店街も死んでるので廃止となれば一緒に撤去されてしまうかもしれませんね。。。有田鉄道金屋口駅跡みたいに再整備できればいいけど。。。↓
603と一緒に来たもう一方はこちらのキハ604。こちらは後述キテツ1が2000年に導入された後一足早く運用を離脱。長らく603用の部品取りとして存在していました。↓
そしてこいつ、一度も営業に就けなかったキハ1000形。1984年に廃止となった岡山臨海鉄道から譲り受けたもので2両体制の600の予備車として使いたかったんですが、車齢が600より古く、足回りもガタガタだったようで、全線試運転のチェック後「こいつ、使えんやん!」となり放置されることになります。↓
到着後は長らく岡臨カラーのままでしたが、試運転前にキテツカラーに再塗装され全面窓も1枚に改造されます。形式も改められてキハ605となりました。ただ、整備後の本線走行は1度だけの試運転だけだったようで、キハ605としてのキテツの走行イメージはまったくないんだよなあ。。。ちなみにこの車両は岐阜羽島近くのとある団体でそのままキテツカラーにて静態保存されています。↓
岡臨中古車失敗後もいろいろ物色してたようですが、やっと念願の冷房車「キテツ1」をゲット!北条鉄道のお古で1軸台車のレールバスではあるんですが、冷房車というのがすごかったようで。↓
北条鉄道時代はフワラ1985形として運行されていたレールバスでしたが3両しか持ってなく、かつ、朝の通学ラッシュが大混雑する少々嫌われ者だったようで・・・でも金欠経営だったんで念願の大型化は2000年にやっと達成できたんかなあ。↓
キテツ1は全国の三セク用に大量に作られたLEカーの大量撤退後も運行され続けたということもあって、割とテツの集客に成功します。まあ、1軸のレール音って独特なもんがありますもんね、南部縦貫がなくなったあとも実運行で1軸サウンド楽しめるってのもよかったんだろう。↓
このときは紀伊御坊駅に15年ぶりに立ち寄ったんですが、車庫が作られ、一方で交換設備を廃止し棒線化と構内はすっかり変わってました。ただ駅舎はそのままの状態、硬券乗車券も健在でした(今もまだ販売してますよ!)。↓
しばらくはキテツ1&603という2両体制で運行が続きます。ただキテツ1は冷房車ということで夏場はフル稼働、とはいえ所詮レールバスということで、耐用年数越えからの重大故障が気になってたようで(メーカーも事業撤退したし)・・・。↓
そんな中、同じく北条鉄道からもう1両のレールバスを譲受しキテツ2として運行開始。603が引退します。↓
603はしばらく休車扱いで残ってましたが、キテツ1も酷使されてたからか、キテツ2が入ってからはよく休んでたような気がします。↓
そして1軸台車のレールバスがメインになってかれこれ15年となり、さすがに2両体制とはいえ老朽化が耐えれんとなってきます。↓
まあ、それにしてもよく持ったもんだ。。。車両整備はバス並みでOKとはいえ、整備そのものはたいへんだったことでしょうね、部品もいつまでもあるわけではないから。晩年はキテツ1がダメなときが多かったみたいで1運用1両っていう、きわどい時期もあったようで・・・(車両検査の時は1か月ほど1/1の同じ運用してるんだけどヤバヤバ運用多かったみたい)↓
・・・てなことで、ほぼ緊急施策みたいな感じで引退予定だった信楽高原鐡道のLE-DCを無償譲受。こちらKR301ですね、導入当初は新信楽カラーのままとなってましたが、現在はキハ600色となってます。↓
信楽高原にはほぼ兄弟のSKR310形が残ってますが開業時車両はすべてスクラップに。キテツではまだまだ現役なんですが経年による手入れがたいへんかもしれませんね。↓
そしてキテツ2の後継となるKR205も信楽高原鐡道から2017年に無償譲受。キテツ登場時はKR301同様の新信楽色をまとっていたようです。(写真は信楽高原時代のもの)↓
元SKR200は開業時はこんな塗装でしたが、あの大事故以降塗り替えられたんですよね・・・↓
・・・ってな変遷で今の車両群となってるんですが、KR205がそろそろ全検になるんじゃないかなあ、それも存続考察の1つになりそう。残すと決まるなら全検通すか中古車を持ってくるとか(軸重気になるけどキハ100あたりがいいんだけど)、いろいろとタイムリミットも絡んでるから、やっぱ廃止濃厚って感じになってきそう。↓
ちなみにキテツ2は現在有田川にて動態保存に。フラワ1985-2→キテツ1、フラワ1985-1→キテツ2→有田川って、数奇な運命ですね。その有田川の元鉄道の有田鉄道には樽見鉄道からのレールバスが廃止前まで運行、こいつと合わせてレールバス2両が動態保存扱いとなっています。(写真は有田鉄道時代のレールバス)・・・・↓
・・・ということでキテツネタはおしまい。ほんと、残れるかなあ・・・かなり心配。↓


