ラスト1運用?鶴見線205系③
本日もT17編成は運用中でした。来週まで残るのかな・・・さてさて、鶴見線205特集最後に鶴見線の前回の車両置き換えもご紹介。鶴見線に205が入ってきたのが2004年8月、約20年前にやってきたんです。今のE131のような、ガラス面がピカピカ、足回りのピカピカだったんですよね~、当時の103が汚かったから中古車といえ新車らしさがあってよかったのを覚えています。 ↓
こちらは今の大川駅。線路上特高がなくなっている以外は今も雰囲気変わらず車両だけが交換された感じ。 ↓
ただ20年も走るとやっぱりくたびれてくるというか、交換部品もなくなってきて困りだしたということかな、E131は新車で入ったのでこのまま40年ほどは使われるんだろうなあ・・・となると、2060年あたりが次の車両更新時期か?!その頃には完全に死んでるなあ・・・えらい先の話や。 ↓
205が入った頃にはすでに大川支線の武蔵白石駅ホームは撤去されていて103系がそのまま乗り入れてました。今と同じですが・・・ ↓
・・・で20年後のここはこんな感じで・・・かわらんなあ。 ↓
・・・さっきの写真にあるカーブ上にホームがあって17m車じゃないと曲がれないってのがあって、長らくクモハ12が使われてたんです。さすがにメンテできないってことで1996年に置き換え&カーブ部ホーム撤去となったのですが、西の本山支線、東の大川支線と旧国釣りかけ電車が走る、全国的に有名な支線だったんです。 ↓
103→205の置き換えは改造もあったからでしょうか、かなりゆっくりとしたもので、最終的に205へすべて置き換わったのが2005年12月と、1年強の移行期間となりました。 ↓
かつての車両は変わりましたが駅などの施設はほとんど変化ないというか、このころからすでにヘタレ感が出てたんですね。 ↓
行先別色違い方向幕ルールはE131で103時代からの作法を継承。海芝浦行きは青、扇町は赤、大川は黄色、その他は白バックだったかな。205では海芝浦は緑表示になってたけど、それ以外は赤とオレンジで色分けてたらしい。色弱だと赤とオレンジの差はわからんかった。 ↓
20年近く前に首都圏の103はいなくなったけど(同時期南武支線には101もいたけど)JR西には(改造車であるも)まだまだ現役がいるんだけど、すごい時間差が存在してるんですね、ちょっとしたパラレルワールドネタやん。↓
20年前の鶴見線、実はあんまり今と変わらずなんです。この先の鶴見線はどうなるのかな?浜川崎駅の巨大なヤード周りなんかもったいないから再開発あるのか・・・でも、タワマン造ってもビューが工場ってなると受けがよくないだろうなあ、便利は良さそうだけど。東海道貨物線の旅客化の話もあるからそのあたり含めて大化けするかもしれないけど、普通で考えたら今以上に廃れそう。確率が上がってきた巨大地震なんかあったらボコボコになるんやろうなあ・・・↓
かつては多くの貨物が走ってたけど、太平洋セメント向け石炭列車が廃止となり、リニア残土が休止状態。今や貨物列車は火木運行の米タンぐらいとかなり落ちぶれてしまった感がある。例えばここ浜川崎~扇町の区間は昔は貨物の物量もあったから旅客線と貨物線の複単線構造だったんですが・・・↓
・・・貨物線じゃなく旅客線側ももう廃線じゃんって風景になってるやん。ヘタレ感マックスでのE131の新車なんで不思議な光景になるんだよな。車両以外とてもJRと思えない設備の鶴見線。都会至近の昭和なローカル線って感じでこれからも根強い人気が続くかな?E131があと40年も走るとなるとこの先訪問する食指が動かないけど、非日常を味わうプチスポットとしてしばらく安泰かな。海シバの海も夜景もいい感じだしな・・・↓
・・・ということで鶴見線205/E131置き換えの話題でした。ま、205自体は南武支線でしばらく残るから鶴見線上での回送もまだ残るし完全見納めは少し先ですが・・・今回はさよなら鶴見線カラーの205系ということですね。↓