どうなる?!越美北線(2)

今回は記憶に残る懐かしの越美北線のご紹介。今はJR西だけのキハ120系タラコ色だけ走ってますが、塗装省力化前はご覧の越美北線カラーを持ってたんですよね。↓

(写真:越前高田~一乗谷、2007.8)

この時の訪問は20年ぶりくらいの立ち寄りで、ちょうど大規模水害から立ち直った時期だったでしょうか。ここは水害後も残った第6足羽川橋梁、今もベスト撮影ポイントの1つですね。↓

(写真:小和清水~市波、2007.8)

前のカラーリングは緑に溶け込むやわらかい印象で、木次線カラー同様、山間部を走る景色にマッチしてよかったんですよね。↓

(写真:越前高田~一乗谷、2007.8)

15年ほど前の美山駅ですが今も雰囲気は変わってないですね。↓

(写真:美山、2007.8)

小和清水駅に入ってくるキハ。「こわしょうず」って読ませる難読駅の1つ。らしい風景ですね。一乗谷~牛ケ原あたりは山が迫る越美北線らしい風景かな。↓

(写真:美山~小和清水、2007.8)

第6足羽川橋梁のサイドはこんな感じです。そしてここからタイムスリップ・・・↓

(写真:小和清水~市波、2007.8)

・・・今から32年前の第6足羽川橋梁。メイン車両はキハ52だったんです。車両は変わりましたが風景はおそろしいほど変わってないですね。私にとっての越美北線は今もこっちかな。白に緑の斜めストライプが当時の越美北線カラー。裏返しの緑に白のストライプがJR西管轄の高山線カラーだったと思います。↓

(写真:小和清水~市波、1989.11)

当時も日中は単行が主でしたが・・・↓

(写真:越前下山、1989.11)

紅葉シーズンは増結し2両運行していました。キハ52の相棒はキハ23。↓

(写真:小和清水~市波、1989.11)

臨時列車も走っていて「あらしま号」を名乗ってました。荒島岳かその下をくりぬいた荒島トンネルから名前を取ったのでしょうね。へッドマークまで持ってましたが利用客が減ってしまい運行されなくなりました。↓

(写真:越前田野~越前大野、1989.11)

勝原から先はほとんどトンネル。顔をのぞかせるのはわずかの区間だけです。↓

(写真:勝原~越前下山、1989.11)

国道158号線交通検問所近くのパノラマ俯瞰ポイントも当時は木々が多い茂らず好きな角度で手軽に撮影できました。↓

(写真:柿ヶ島、1989.11)

今も定番、サイドからのショット。↓

(写真:下唯野~柿ヶ島、1989.11)

柿ヶ島停車後も小山をくぐってきたところをもう1度撮影できます。今も同じですね。↓

(写真:柿ヶ島~勝原、1989.11)

折り返しは反対側を向いて昔は簡単に写真撮れたんですが・・・。↓

(写真:勝原~柿ヶ島、1989.11)

俯瞰ポイント真ん前はカットの仕方でいろんな風景を織り込めます。↓

(写真:勝原~柿ヶ島、1989.11)

当時バルブに凝ってまして・・・でも郊外だと光源が少なすぎてうまく撮れませんでした。↓

(写真:北大野、1989.11)

こちらは越前下山駅から荒島トンネルに入るところを撮ってみたんですが、まあ、説明を受けるとわかるかなってレベルで撮り残せました。↓

(写真:越前下山、1989.11)

ちなみに終点となる九頭竜湖駅近くにある九頭竜国民休養地内で旧中竜鉱山で活躍した鉱山トロッコが春秋に運行されます。コロナ禍でどうなるかわかりませんが、今年あれば今月23-24または30-31あたりで実施されると思います。覗いてみてはいかがでしょうか・・・。↓

(写真:九頭竜国民休養地、2015.10)