內灣線 新竹~竹中(非電化区間)/貨物列車
台灣鐵路管理局
內灣線
非電化⇒電化:新竹~竹中(六家線分岐点)
貨物列車:新竹~合興
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内灣線は、縦貫線新竹から東の山脈に向って走るローカル線です。高鐵新竹站に接続する六家線の建設で新竹~竹中が高架複線電化となり、切り換えで運休となった2007年2月末でこれまでの単線非電化が廃止されました。また、この工事を期に最後まで残っていたセメント貨物列車も廃止され、従来の内灣線とはずいぶん雰囲気が変わりました。
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新竹~竹中
基点の新竹駅は、ほとんどの列車が中央ホームの北端にある専用ホームから発着していました。かなり隅っこからの発車で列車の接続がいいとみんな走って乗車したものです。
発車してしばらく走ると線路が右へ曲がり、山へ向けて進んでいきます。沿線の住宅開発が進んでいるのですが、縦貫線から外れるあたりは一面の田んぼが広がり、ごちゃごちゃ感がありませんでした。次の竹中までは駅間があり、10分かけての到着となります。竹中駅は1線1面の駅でしたが駅舎がありました。
六家線は竹中から少し先の高鐵高架手前で分岐となり、そこから先はこれまでどおりの非電化単線区間となります。竹中までの間には3つの駅(北新竹、世博(千甲)、竹科(新莊))が新設され、沿線風景は一変しました。
セメント貨物列車
内灣線にはかつて2大系統のセメント貨物が走っていました。1つは竹東にある台灣水泥向け、もう1つが九讃頭にある亞州水泥向けで、24時間運転のダイヤが組まれ、列車が集中する竹東~九讃頭は旅客列車も十分に走れないような状況でした。
台灣水泥向け系統は、合興駅からつながる鉱石ゴンドラから受け取ったセメント原石を工場のある竹東へ。そこで加工されセメントになったものは縦貫線へ出す運用を行っていました。
合興の積み込み上は本線から引込み線に入り、そこでホッパーから貨車へ落として受け取るというもので、採石鉱山から送られてくる原石を貨車2両(だったと思う)毎に貨車を少しずつ動かして積み込んでいました。
合興はこの引込み線が待避線の役目も果たしていたことからここでタブレット交換を行っていました。駅舎からは離れていたため駅員詰め所がそばに設けられていました。
また合興はスイッチバックの駅で、ダイヤが乱れるとまれに貨物列車がスイッチバック待避線へ入ってくることもありました。晩年は旅客列車同士の離合は行われてなかったようです。
積み込みが終わった列車は山を降り九讃頭に到着。タブレット交換を行い、貨物列車または旅客列車との交換も行います。ここからは竹東まで一旦走り、竹東で簡単な入れ替えを行い(基本は行わない)、機関車を付け替えて台泥専用線に入り原石を運び入れます。荷おろしが終わると竹東へ戻り、次の出発を待ちます。
一方出来たセメントは専用線から竹東へ送られ、そこからセメント列車を仕立てられ縦貫線へと送られていました。ここの専用線は台鐵のDLがそのまま乗り入れていたと記憶しております。
2000年9月に鉱石ゴンドラの老朽化等で採石場が閉鎖され、併せてセメント出荷のトラック化もあって台泥系統は全廃となってしまいました。
亞州水泥の運用は原石自体は九讃頭の工場裏山からの掘り出し(空中ゴンドラ利用)でまかない、一部足りない原石を工場へ送り込むため貨物列車を使っていました。新竹~九讃頭は24時間運転のダイヤが組まれ、一時は旺盛な行き来もありましたが、晩年は不況も重なって生産量が落ち、六家線建設を機に廃止となりました。
新竹からの列車は北廻線から運ばれてきた原石を新竹で受け取り、DLにて九讃頭と往復しておりました。セメント列車の送り出しはしておらず、石炭列車風のオープン貨車に車掌車(緩急車)をつけ平日3~5往復運行されていました。
なお、内灣線へそれぞれの工場から接続されていた専用線も貨物廃止を機に廃線となっています。
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