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Page Start 2007.12.9 最終更新日【2013.2.18】
「南海電鉄 和歌山港支線 和歌山港〜水軒 +久保町、築地橋、築港町
DATA
南海和歌山港支線和歌山港〜水軒
最終日2002年5月25日

路線営業キロ:2.6km

和歌山港 0.0km
水軒 2.6km


南海和歌山港支線和歌山市〜和歌山港途中3駅
最終日2005年11月26日
廃駅:
 久保町
 築地橋
 築港町
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解説
南海電鉄和歌山港線 和歌山港〜水軒 は現在の和歌山港駅から南に2.6km伸びた路線で、1971年3月6日の開業時から廃止まで1日2往復の旅客列車しか走らない特殊な路線でした。

もともとこの和歌山港線自体、旧久保町駅手前あたりから和歌山港を経て水軒に至るまで、和歌山県が臨海鉄道として敷設した路線で、現在も現存区間(県社分界点〜和歌山港間 2.0km)の運営は南海電鉄が行うというスタイルになっています。

開業は1956年5月と新しい路線で、南海フェリーの四国航路開設に伴い和歌山市〜築港町で営業開始。1971年3月6日に旧築港町駅付近にあった和歌山港を現在ある和歌山港へ移設するに伴って築港町〜水軒間が開業しました。

その際、貯木場への木材輸送も兼ねてと水軒まで線路が敷かれましたが、建設当時すでにトラック輸送となっており、目的だった貨物列車は一度も走らずじまいとなっています。ダイヤグラムには不定期貨物列車として長年記載されていましたが、結局荷捌きに用意されていた水軒駅のヤードは車両の解体用にしか使われずじまいとなりました。

もともと和歌山港〜水軒は貨物線として敷設されたため終点の水軒あたりには住宅地はなく、列車も形式上の運転とあって午前・午後の2往復しか設定されていませんでした。

午前便は9時ごろ、午後便は3時ごろということで、全列車とも近所の釣り人が使う程度のひどい状況でした。一番乗客が多く乗ったのが最終日だったと思います。

ここで使われていた車両は長らくの間1521系が主に使われ、その後高野線から転籍してきた20000系が一時的に担当、すぐに支線用に改造された旧22000系の2200・2230系が最後まで中心的に使われていました。加太線との運用も混ざって7000系や7100系が入線することもありました。

また、この和歌山港線は2005年11月27日付で和歌山港駅以外の駅(久保町、築地橋、築港町)を廃駅し、普通列車が走らない路線となりました。もともとの乗客も少なく途中駅廃止に当たっても特段大きな問題もありませんでした。現在は南海フェリーの四国連絡用途のみで運行されているという状況です。

さて、かつての路線の風景ですが、和歌山港駅からは高架駅を下り、花王の工場を横に見ながら旧堤防沿いを進む単調な風景でした。終点水軒駅は2両分の簡易ホームがあるだけの無人駅で、駅前にも何もありませんでした。終着駅は駅舎も何もない寂れたところだった

観光地である和歌浦へはこの水軒駅から比較的近かったのですが、和歌浦へは市駅からのバスが便利で、敢えてこの鉄道を使って訪れる人はいませんでした。

なお、この路線の廃止は途中の踏切での県道拡張の邪魔になるということでしたが、踏み切りの拡張工事などすぐにできるような話で目くじら立てるほどでもなく、廃止するための理由探しのこじ付けみたいな感じがありました。

そもそもこんな路線が平成の時代までよく生き延びたなというのが感想です。



「鉄道がある風景」/RailScape
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