さよなら札沼線非電化区間-1

「なくなる」シリーズを用意してましたが昨今のコロナ対策もあり、当面は「なくなった」シリーズで。さて、2020年5月6日を最終運行としていた札沼線非電化区間(北海道医療大学~新十津川)。コロナ禍でのイベント中止の風潮、葬式テツ対策もあって突然4月17日がラストランとなりました。ここ終点の新十津川駅は、特徴のない沿線風景からか、札沼線廃止のシンボル的存在となってました。

(写真:新十津川、2016.2)

ここへの初訪問、実は高校生のときでした。18きっぷを使って関西から夜行乗り継ぎの旅程を組んで宿泊レスで来たんですよね。国鉄全線乗車を目指してたんですが乗り継ぎ効率が悪く、しかもお金もなかった・・・ってことで、思いついたアイデアは滝川駅から夜中歩き、当時まだあった6時台始発に乗って札幌へ目指し移動時間を稼ごうというもの。実際実行したんですが若かったんで徹夜OKも氷点下で一夜を過ごしたのはつらかった・・・あんまりいい思い出じゃなかったんで、このあと札沼線には立ち寄らなくなってしまうんです。

写真は一番列車。浦臼あたりから送り込まれていたと思います。翌年のダイヤ改正で5往復から3往復に減便、その際この始発と終発の2列車が廃止されてしまいます。

(写真:新十津川、1985.3.10)

当時はまだ有人駅。夜間のラッセル車運行もありましたね。1枚目の直近の駅舎と比べると建物も向って左手に長くあります。ここが簡易宿泊施設とかあったんでしょう。

(写真:新十津川、1985.3.10)

晩年は1両の1往復運行までになってましたが35年前は始発終発列車は札幌への移動を考えての2両だったんですよね。途中石狩当別あたりで増解結して札幌通勤対策をとってたと思います。写真のキハ56(27かもしれないけど)の0番台はJR発足前に廃車され貴重な写真となりました。まだタブレット使ってたんで腕木式信号も健在ですね。

(写真:新十津川、1985.3.10)